2014年12月29日月曜日

種火の予感

  なんだかわけもわからないうちに凝り固まった価値観を守り続けた二十代のしばらくと、ぼんやりふらふらの二十代後半。2012年からの外向的な旅と称した時間の中でたくさんの人と出会い、影響も受けた30代の今まで。

 新しい人と出会うたびにそれぞれに所属するコミュニティみたいなものがあったりして、一つの出会いが連鎖的にたくさんの人たちとのつながりを生んでいく。コミュニティといっても、それ自体のタイプはいろいろだし、それにとらわれない奴らも、無所属もいるんだけど、そういう中にホント深いところでつながれる奴らもいたりして。なかなかしょっちゅうは会えないんだけど、SNSで奴らの活動をちらちらみながら、刺激受けたりパワーもらったり、きっちり受け取ってる。まあこうして外向的な旅は人から人へのつながりの中で自身にとって新しいゾーンにさしかかっているようで。

知らず知らずのうちに排他的で、許容しているようでしていなかった他の価値観。勝手に作り上げた見えない敵と戦っていたかんじ。でもそんなんじゃ何やってもうまくいかなかった。追えば追うほど自身の中の深い部分に引き込まれていくだけだった。そいつらの仕上がりはいつもきまって鳥につつかれたかかしのようなもので、本来の目的を果たせずじまいだった。

 いろんな人と関わりながら、見えてきたのは自分自身で。気づかされたいくつかのことを落とし込んでいったら、20代よりもっと以前の自分が居座っていたりして。
自分でもおどろくほどの原点回帰。
なんだか以前に増して頑固になってきてんじゃねーかなって思う。

  大人になって社会ってものの中で既存のシステムに知らず知らずのうちにはめ込まれていって、反発や疑問の対象そのものの実像を見失っていた。仕事を転々としたり、ふらふらとあてもなく旅してみたり。問題の本質ではなく、めぐりめぐって生み出された現代社会の産物を相手に、無駄な抵抗を続けていたかんじ。その時々喧嘩を売り続けていた相手は、見事に現代社会に適応できている人か、不満だけど許容範囲の人か、神経すり減らして耐えてる人か。なんでもっと早く気付けなかったんだろうと思うけどそんなかんじ。既存のシステムと、複雑に絡み合って形成された普通という概念。つまり常識?そいつらがまかり通る世界がどういうものかは見ての通りで、いちいちひっかかってしまう。知らず知らずのうちにそういうものに反発してきたみたい。
 
 旅が終盤に差し掛かった今、自分の転期が近づいているのは確かなこと。でもあとひと押し高精度な反省をしておきたいような気がする。内面だけでなくて過去の事実について。敵を見誤っていたことで引き起こしてきた弊害について。

 小さいころから何をしてもそこそこはいろんなことをうまくこなす器用さがあった。仕事においても同じ。個人的な欲に流されて、組織的に事業を展開しようとした松尾商店第一期。野外フェス、個人貿易、広告系コンサル。それなりの形にはなっていたわけで。でも同時にそのころから無理が生じてきて何かが崩れ始めていたんだと思う。組織として必要な要素の一つ一つを、関わった仲間に丸投げして、自主性と才能と結果をノータッチで求め待ち続けた。僕はというと、継続的な効率のいい裏側の資金繰りと、組織が向かう方角のゴールを示す夢の演説を繰り返すだけ。
 大切なことは人選でも方向性でもないんだろう。発想したことを自分で行動に移すこと、それだけでいい。気づいたときに周りにいる人たちこそが仲間だ。そうでないと、棚ぼたねらいの便乗者やサルまねを増やすだけだ。結果、不本質の外見主義者や受け売り名人を社会に増幅させることになる。そういう偽物は、本物にでてこられては困るから、排他的にならざるを得ない。悪循環がとまらない。無理な組織はいらない。自分の発想を自分で形にしていくことが肝要。
 

 2012年、松尾商店の全事業を無期限停止して以来、消えてしまった情熱が今ようやく種火くらいに育ってきたような感覚がある。髪の毛一本のパーツから精神の奥底にまで至る、まさに全心でもって表現したい生き様。妥協はあり得ない。信念の突き出る感触がリアルにイメージできる感覚。こいつをリアル世界に向けてリリースするときは多分近い。2015年、変化の幕開けとそいつの定着を経て、リアリティ時代の元年としたい。松尾商店は二年後を目途に第二期を再稼働させる。こいつは譲れない。不毛の時代は終わりにしよう。